<< February 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 >>
アレルギー対処法

その1:話し合う(クスリを飲む)

その2:離れる(環境を変える/摂取しない)

なんて誰でも思いつくような

平凡なものしか浮かばないジブンのツマラナサ。笑

わたくし的にはどちらも避けたい対処法である。

ツマラナイ対処法からは、

ツマラナイ結果しか生まれないだろうから。笑

アレルギーって、結構侮れないものなのよ。

苦しいったらありゃしないからね。

という意味でも、手っ取り早いのは

「その2」の選択肢なのかもしれない。

我が街、猿でも出没しているのだろうか。

月曜からガッツリ夜更かし。

寝よう。

0
    歩み寄るということ

    今晩は、所用で渋 谷に行った。

    若い頃は、何かにつけて「渋 谷集合」であったが、

    最近はめっきり行かなくなってしまった。

    スペイン 坂に至っては、

    実に20年振りくらいに歩いた気がする。

    記憶にあるより狭く短く感じて、

    時の流れ(自分の身体的成長)を感じた。

    思ったより早く用事が済み、

    特段急いで帰る必要もない私は、

    途中の駅ビルで本を一冊買い、タリーズに入った。

    気持ちを整える、また、事情の理解に努める。

    そうすることで見えてくることもあるかもしれない。

    という半ば期待の時間。

    間違った選択をすることだけは避けたいと思う。

    10時半頃お店を出て、

    帰宅後、ローストレッグを温めていたら

    突然「バチっ!」という音がして、真っ暗になった。

    ブレーカーが落ちたのだ。

    一人暮らしを始めて初体験な出来事。

    焦った〜

    テレビ、DVD、レンジ、トースター、エアコン、

    ハロゲン強、いたる所の電気、でNGらしい。

    そりゃそうだわね。

    無理強いして爆発するのは、電力も人も一緒だね。

    さて、また新しい一週間。

    平和な心で過ごしたい。

    0
      どこまでも限りなく

      21時、二子玉の東急ストアの光景。

      どうなのこれ・・・

      半額にしたところで捌けるとは思えない。

      明日にはこの大量の食べ物が廃棄されのだろう。

      お店に並ぶ前からすでに捨てられている、

      なんてことまで聞いてしまったら、

      これはもう社会問題のレベルなんじゃない?

      そもそも恵方巻きを食べるなんて風習は

      関東にはなく(関西にはあったらしい)、

      コンビニエンスストアが始めて

      それに消費者が飛びついて

      それにまたあらゆる小売業が乗っかった結果がコレ。

      デパ地下で売っていたのなんて

      「九条ねぎとすき焼き巻き」とか

      便乗も度が過ぎて、意味不明もいいところ・・・

      この食べ物の無駄はどうにかすべきだよね。

      土用丑の日とかクリスマスとかハロウィンとか

      もはや「なんのこっちゃ」な行事が多すぎると思う。

      とはいえ、そのなんのこっちゃ行事のひとつ、

      バレンタインには私も毎年飛びつくんだけどね笑

      今年はどうしようかねぇ〜

      0
        視力検査のアレ

        会社で食べようと思って持っていったのだが

        タイミングがなくて食べられなかった

        ホレンディッシェのバウムクーヘン。

        家でカットしてから持っていけばよかったのか。

        賞味期限の問題で、ひとり贅沢にいただく。

        眼科にも行かなきゃ・・・

        その前に花粉の薬もらいに行かないと。

        「花粉症による死傷事故で有罪判決」ていう

        ニュースを見たんだけど、

        くしゃみで人死なせちゃうって・・・

        まさか車に跳ねられた人、ご遺族も

        くしゃみが理由とは想像もしないよね。

        どんなくしゃみだったんだろう・・・

        0
          アレジー

          色々と書きたいことはあるのだが、

          書いては消し、書いては消し、

          うまくまとまらない時もある。

          自分も傷付かず、相手も傷付けずにいるには

          どうしたらいいのかと考える日々を過ごしている。

          ニンジンは(自分が)嫌いだから

          食べないという選択をすることができる。

          でも、花粉症は「アレルギー」であるから

          好きとか嫌いとかの問題ではないし、

          嫌だからといって呼吸をしないわけにもいかない。

          だから薬を飲んで、マスクをして、対処する。

          今の私の悶々としたこの気持ちは

          嫌というネガティブな感情によるものというより、

          発症してしまった「アレルギー」に応戦すべく、

          対処法は何なのかを模索していることによるもの。

          好きだからこそ、そのアレルギーを抑えて

          上手に付き合って行きましょう、てな段階。

          一生の問題、人生の問題。

          えっと、これは何科にかかればいいの?

          というか、時に自分でもビックリするくらい

          分かりづらい例えを出すことあるよね、ワタシッテ。

          抽象的すぎて何のことだかも分からないであろう。

          簡単にまとめると、ふだん大して悩まない私が

          悩んじゃったもんだから、困惑しているってな話。

          小さすぎる悩みで、誰かに相談もできない。

          でも私には、死活問題(のように感じる)。

          そんな迷い人は、本日、このドメインの更新をした。

          そして、ipad用に折り畳み式キーボードを買った。

          現実はなかなかそうもいかないけれど、

          美しいコトバ、美しい景色、美しい日常、

          決してなにかをひけらかす目的ではなく

          (そもそもひけらかすものなんてないんだけれども)

          あるがままをアップしていけたらいいなと思う。

          感情論はほどほどに、、、

          でも人間くさく、ボヤキも綴ります。

          愛あってのこと、です。

          無関心ゴトには本当にドライな人間だからね。笑

          引き続きお付き合いのほど、よろしくお願いします。

          0
            アッチャンのパパ

            時代の流れは、世の中を便利にしてきた。

            映画の世界がそのままテーマパークになって、

            ネットワークに乗せて連絡がとれるようになって、

            デジタルのボタンひとつで映画が映し出される現代。

            その代わりに、

            屋上遊園地やミニシアターは姿を消し、

            私たちは自筆で手紙を書く機会を失った。

            何かを手放して何かを手に入れる、それが世の常だ。

            田舎の小さな水族館の閉館のニュースを聞いて、

            ふとアッチャンのパパのことを思い出した。

            アッチャンは男女の双子で、ご近所だった私たちは

            子供の頃から兄弟とおんなじように大きくなった。

            近くに住む人たちは、皆、家族ぐるみの付き合いで

            困った時は、助け合うのが当たり前。

            豪快なママと比べて、双子は随分と大人しかった。

            アッチャンのパパはたっぱがあり、恰幅もよくて、

            寡黙に構えている私の中にある「お父さん像」に

            ピッタリ当てはまるような人だった。

            家業を持つ我が家とは違って、

            外でお金を稼いでくるサラリーマンっていう

            これまた私の理想とする「お父さん像」の人。

            小学生の頃、アッチャンのパパに連れられて、

            アッチャンと地元の水族館に遊びに行った。

            アッチャンのパパは、私たちの気の済むまで

            車の中で待っていてくれた。

            なぜか、その時のことを今でもよく覚えている。

            そんなアッチャンのパパは、去年亡くなった。

            病気だったそうだが、見つかった時には手遅れで、

            なんでもあっという間だったという話し。

            リタイアして、さて第二の人生どう過ごそうか、

            そんなことを考えるタイミングでのこと。

            昔から知っているトモダチの親なんて、

            ジブンの親と変わらないような感覚だ。

            皆、やさしく、時に厳しく

            我が子同然に可愛がってくれた親のようなもの。

            そんな身近な人たちが亡くなったり、

            重い病気になったという話を聞く回数が増えた。

            純粋に悲しいし、寂しい。

            年をとるにつれ、色んな関係性が変わっていく。

            新しい命も増えるが、

            失くなる命も同じように増えていく。

            思い出の地がどんどん少なくなっていって、

            私たちの古い記憶はどんどん塗り替えられる。

            悲しいけど、寂しいけど、しょうがないんだ。

            失うまで、その存在の大きさに気づけないのは

            人も場所も時間も一緒なんだよね。

            だから「当たり前にある」なんて思わないで、

            いつもは思えなくても、

            今ある日常や隣にいる人やそれこそ親なんかは

            いつまでも永遠にあるものではないと

            思い返すことが大事なんだと思う。

            今日も穏やかでいい1日だったと感謝する、とか

            ほんの少しいつもよりやさしくしよう、とか

            元気?って電話してみるとか、

            そういう小さいことでいいんだよね。

            それでいて、自身の体のことも大事に思うこと。

            大切な人たちの悲しむ顔を見たくないのなら、

            何よりそれを率先するべきだと私も心に留めたい。

            アッチャンのパパのやさしい微笑みを思い出して、

            あったかい気持ちで、そんなことを素直に思う。

            アッチャンはお嫁に行く(行った?)らしい。

            もう何年も会っていないけど、

            幸せになって欲しいなぁと心から願っている。

            ー私はうわの空で あなたのことを想い出したの

             そしてあいのうたが響きだして・・・

             私はあいのうたで あなたを探しはじめる

            0
              ハートをシェアします

              兄に「皆既月食よく見えるよー」と連絡をもらい、

              部屋着にダウンを羽織って、外に出てみた。

              アイフォンクオリティーではこれが限界。

              よーくよーく見ると、月の中にハートが見える。

              えーっと首を左に45度程曲げてみてください。

              ここにあげると画質が下がってしまうんだよね。

              でもねー、カメラを持って外に出る気にはなれない。

              キャラに似合わず、ロマンチストなアタシは

              「月みてるー?」とか連絡したい人。笑

              なんなら「月みよー」って連絡したい人。笑

              なんつって。

              どうでもいい情報でしたね。

              “今くら”見てたら、私も泥酔したくなった。

              いろんな思いを抱える今、即号泣だな〜。笑

              口の中がトラブってるなうだけど・・・。

              ワイヤークネる、の巻。

              やっと2月!うれしい!たのしくいこう!

              0