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アッチャンのパパ

時代の流れは、世の中を便利にしてきた。

映画の世界がそのままテーマパークになって、

ネットワークに乗せて連絡がとれるようになって、

デジタルのボタンひとつで映画が映し出される現代。

その代わりに、

屋上遊園地やミニシアターは姿を消し、

私たちは自筆で手紙を書く機会を失った。

何かを手放して何かを手に入れる、それが世の常だ。

田舎の小さな水族館の閉館のニュースを聞いて、

ふとアッチャンのパパのことを思い出した。

アッチャンは男女の双子で、ご近所だった私たちは

子供の頃から兄弟とおんなじように大きくなった。

近くに住む人たちは、皆、家族ぐるみの付き合いで

困った時は、助け合うのが当たり前。

豪快なママと比べて、双子は随分と大人しかった。

アッチャンのパパはたっぱがあり、恰幅もよくて、

寡黙に構えている私の中にある「お父さん像」に

ピッタリ当てはまるような人だった。

家業を持つ我が家とは違って、

外でお金を稼いでくるサラリーマンっていう

これまた私の理想とする「お父さん像」の人。

小学生の頃、アッチャンのパパに連れられて、

アッチャンと地元の水族館に遊びに行った。

アッチャンのパパは、私たちの気の済むまで

車の中で待っていてくれた。

なぜか、その時のことを今でもよく覚えている。

そんなアッチャンのパパは、去年亡くなった。

病気だったそうだが、見つかった時には手遅れで、

なんでもあっという間だったという話し。

リタイアして、さて第二の人生どう過ごそうか、

そんなことを考えるタイミングでのこと。

昔から知っているトモダチの親なんて、

ジブンの親と変わらないような感覚だ。

皆、やさしく、時に厳しく

我が子同然に可愛がってくれた親のようなもの。

そんな身近な人たちが亡くなったり、

重い病気になったという話を聞く回数が増えた。

純粋に悲しいし、寂しい。

年をとるにつれ、色んな関係性が変わっていく。

新しい命も増えるが、

失くなる命も同じように増えていく。

思い出の地がどんどん少なくなっていって、

私たちの古い記憶はどんどん塗り替えられる。

悲しいけど、寂しいけど、しょうがないんだ。

失うまで、その存在の大きさに気づけないのは

人も場所も時間も一緒なんだよね。

だから「当たり前にある」なんて思わないで、

いつもは思えなくても、

今ある日常や隣にいる人やそれこそ親なんかは

いつまでも永遠にあるものではないと

思い返すことが大事なんだと思う。

今日も穏やかでいい1日だったと感謝する、とか

ほんの少しいつもよりやさしくしよう、とか

元気?って電話してみるとか、

そういう小さいことでいいんだよね。

それでいて、自身の体のことも大事に思うこと。

大切な人たちの悲しむ顔を見たくないのなら、

何よりそれを率先するべきだと私も心に留めたい。

アッチャンのパパのやさしい微笑みを思い出して、

あったかい気持ちで、そんなことを素直に思う。

アッチャンはお嫁に行く(行った?)らしい。

もう何年も会っていないけど、

幸せになって欲しいなぁと心から願っている。

ー私はうわの空で あなたのことを想い出したの

 そしてあいのうたが響きだして・・・

 私はあいのうたで あなたを探しはじめる

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